昭和44年11月17日 夜の御理解


 自分の子供の事を誉められるのは、親自身の事を誉められるよりも嬉しいように。御信者さんの事を真から誉められますと、丸きり自分の事を誉められておるようで、こんなに嬉しい思いをする事はありません。今日も、今日はとにかくあの、新聞を見せて頂きましたら、あのこう、いつも何かあれが出とりましょうが。あの、運、なんか勢、運命の判断が西日本に出ておりますよね。あれに何月生まれの、「7月?4月?」生まれのところに、今日はもうジッとしとっても、黙っておっても嬉しい事ばかりが続くちいう事を書いてございますが。

 今日はもう、朝からもう本当に嬉しい事ばかりです。もう本当にあの、有り難い事ばかりというような事でございましたがね。その中に今、今日夕方あの、高嶋さんがあちらの綾部さんの酒屋さんの若大将と、それから一番番頭という人を今日は連れて、初めてお導きして参りました。

 で今日はあの、先日からお供えしたいと言いよりました、ジュウタンを持って来ましたち言うて、大きなトラックで。トラックに乗せなければならんほどのジュウタンです。三人がかりでやっと担げるような大きな。えー、終戦直後に、まあだ線路のない時に、無理して作らせたと言われる。その当時やっぱ、終戦後7万かかったそうですから、まあ十倍しても70万がとある訳ですね。まあ、応接間を全部それに敷き替えましたんですよ。

 それも、まあ一つ嬉しい事の一つならですね。その方達が来てから、何の話からだったでしょうか。ああ、そうそう。日田のコンニャク屋さんが昨日参ってきて、コンニャクのお供えをしておるから、コンニャクでご飯を頂いて行きなさいという事からでした。それからあの、こんにゃくさん、屋さんの親戚に佐田さんという人の酒屋さんがおった話が出たんですよ。もうそこの一番番頭という人がもう、こういう商売人は見た事がないち、佐田さんを見て、評してですね。

 三年間余りで、もうとにかく中野っていう酒屋は終えたというその店を、三年間で瞬く間に元通りにしてしもうたち。元のお得意さんが全部挽回出来た。もうこれも、日田商人が、もう驚いてしまったけれど、その人物の素晴らしさに驚いたち言うた。例えばあの、「どうぎゅうしゃ?」が何か、お金か何か。その番頭さんも関わった事で、何かを借り行ったそうです。そしたら、いくらいるのち言うちからその、久留米の言葉で「よせた?」。なら明日用意しとこうち言うちから、もう「しょうももたん?」泣かしたち。

 とてもあの、この久留米から来ておる佐田という人は、あの、あれが本当の久留米の商人じゃろうと言うてその、皆がその信用、もうとにかくその人物の素晴らしいのに、その驚いてしまうち言うてですね、今日話すんですよ。あの人はあんた、親子「    」で今ずっと、親子、親子「の幅で?」毎朝ここにお参りがあるですよち。もう、それを聞いてビックリしとりますですたい。はあ、金光様の信心しよるけん、ち言う訳なんですよ。
 それは、素晴らしい人でしたねって言うてその、話しますです、もう酒屋の同業者ですからね。そしてその、また久留米に発って行かれる時なんかはビックリじゃったそうですたいね。それだけの物を、あそこの佐田さんの妹さんに「ようじ」ばしてやってから、何も取らんな譲って行ったんですね、そのまま。もう誰、「馬鹿の後には出くる?」ち言うごと、準備だけはしてからですたいね。

 それはもう、本当にその、立て直すだけでも驚きですよね。そういう、もう、もう潰れなきゃならん、潰れる一歩手前の店を挽回するだけでも。ところが、なら現在、その、もう中野さんの酒屋の方がどうかと言うと。今度はまたこの借金で困っとる模様という話をしとりましたんですけど。

 とにかくやり方と言うか、おかげを受けなければ出来んと言うか。とにかく人物そのものが、やはり信用を受けなければ商売は繁盛せんという事が。さあ、ほんなら今度、なら久留米に帰られてからでも、これも余談ですけれども、とにかく出けない店がどんどん出けて行きよるですね。もう、終えたはずの店がどんどん繁盛行きよるです、現在でも。やり方も然ることながら、やはりその人物が素晴らしいから、やはりおかげも頂く訳ですね、「    」。

 その話を今日、その番頭さんを通して聞かせて頂いてから。本当に、自分の事を誉められとるような気がしました。もう本当に、はあそうですか、御宅の信者ですか。と言うてその、悪口を言うた後にですね、言わにゃ良かったといった「   」聞くことがあるんですよ。本当に信心しよってからと言われるような人があると、あるですよね沢山。けれども、今日佐田さんの話をその、同じ酒屋の同業者である酒屋のあの、若大将と。それからその、一番番頭さんという「夫?」が、二人口を揃えてから誉めるのを聞かせて頂いて、有り難い事だなと。

 本当にそう、ああいう生き方で、やはり信心を頂いてる「にけん?」ちゅう事は、思わせて頂くと同時に、本当に、今日はまだ、他にまあそれこそ、言葉に言われんほど有り難い事がございました。けれどもその、まあお話出来ることはその事ですけれど。本当にお互いが自分達の信心をね、振り返って見て、果たして信心させて頂いておるが、どのような風に、人には響いて行きよるだろうか。はあ、あの人は立派だという風な、その物を、印象を与えれるだけの人物が出けっ、人柄と言うか。人間と言うかね、なら出けて行きよるだろうか。改めて思うて見なきゃいけんと思いましたね。どうぞ。


                   末永信太郎 ( 5月22日 )